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2020.12.10

【 百年に一度の大変革 】

●乗り物からサービスへと転換する自動車業界、化学業界における「MI(マテリアルインフォマティクス」、Amazonに代表されるネット化する小売業界、電子化するお金決済、頑張りから評価への働き方改革等々・・・・。どれを取っても「百年に一度の大変革」が必要となります。

【 百年に一度の大変革 】

●乗り物からサービスへと転換する自動車業界、化学業界における「MI(マテリアルインフォマティクス」、Amazonに代表されるネット化する小売業界、電子化するお金決済、頑張りから評価への働き方改革等々・・・・。どれを取っても「百年に一度の大変革」が必要となります。●とりわけ叫ばれているのが自動車業界です。1908年に発売され大量生産されたT型フォードによる世界的なモータリゼーションの幕開け以来の、百年に一度の大変革の波が押し寄せています。●大きな波は、EV化・自動運転化・コネクテッド化・シェアリング化の4つです。これらの組み合わされた相乗効果によって、更に大きな波となります。

●複雑で大量の部品が必要な内燃機関(エンジン)を簡単なモーターにするEVは、サプライチェーンを大きく変え他業界からの参入障壁を一気に引き下げます。自動運転は人を運転作業から解放し、ネットと繋がるコネクテッド化は車内の閉鎖空間を解放し、シェアリング化は所有から解放します。●この大変革は、自動車産業に大きな構造変化をもたらすだけでなく、人々の暮らし方や、産業のあり方、高齢化・労働力不足といった社会の課題をも大きく変えることになります。


「百年に一度」の百年前は、どんな時代だったの?
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●比喩的な意味では無く、「百年前」とはどの様な時代だったのでしょうか?●『100年前から見た21世紀の日本: 大正人からのメッセージ』を書いたライターの大倉幸宏氏は、大正と平成の類似性について、「大震災の発生やバブル景気後の長期不況など個々の事象が似ているというより、歴史の流れに類似性があると思います。幕末維新の混乱期、明治の発展期を過ごして大正は安定期。昭和以降は、太平洋戦争と戦後しばらくが混乱期、高度成長が発展期で、平成が安定期です。混乱期、発展期は社会的な大目標があるので、ささいな事象は問題視されない。が、安定期になるとそうした事象が気になってきて、改善への動きが起きる。同時に、混乱期、発展期を経験した世代は安定期を享受する世代にふがいなさなどを覚えます。」と言います。

●2020年の百年前は、1920年(大正9年)です。●前年の1919年に第一次世界大戦が終結し、1月10日にはヴェルサイユ条約が発効しました。●戦争への反省と国際的平和維持機構の必要性から、11月15日にジュネーヴで国際連盟の第1回総会が開催されました。日本は脱退まで常任理事国であり、また、後に5千円札の肖像となる新渡戸稲造が事務次長に就任するなど国際貢献していました。●平和への願いも、戦勝国による敗戦国への過酷な戦後処理が行われるなど、後の第二次世界大戦への火種となっていきます。

●日本は戦勝国でしたが第一次世界大戦後の大恐慌により、3月15日に東京株式市場で株価が大暴落しました。●銀行の取り付け騒ぎや休業、一流商社の破綻など、経済は混乱し多くの困難に直面されました。


百年前の社会
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●大正時代は明治時代に日本に入ってきたレコードや映画といった新しいメディアや、新聞・雑誌における風刺漫画がなどの大衆文化が華やかに興隆した時代でもありました。●レコードでは日本蓄音器商会(後の日本コロムビア)と日米蓄音機製造が合併し、映画では日本活動写真協会(後の日活)が営業を開始しています。●震災で鉄道が被害を受けたこともあって、「自動車」が都市交通の桧舞台にのし上がり、「円タク」などタクシーの登場もあって、旅客か貨物であるかを問わず陸運手段として大きな地位を占めるようになりました。

●都市部では新たに登場した中産階級を中心に“洋食”が広まり「カフェ」「レストラン」が成長して、飲食店のあり方に変革をもたらし、カレーライス・とんかつ・コロッケは大正の三大洋食と呼ばれました。●また、人造氷が発達してアイスクリーム・パン・チキンライス・コーヒー・ラムネ・紅茶・サイダー・ビール・キャラメル・チョコレートなど洋食が普及しました。●ファッションでは、明治時代まで庶民には縁のなかった「欧米式美容室」、「ダンスホール」が都市では珍しい存在ではなくなり、モダンボーイ・モダンガール(モボ・モガ)の男女など、男性の洋装が当たり前になったのもこの時代です。